音程が平坦になってしまう

中学3年生の男子。小さいときからレッスンに通っていて、
音楽を描くutena drawing のワークは小さい頃からなれ親しんでいます。

音楽は大好きなのですが、歌うと音程が取れなくて、ピッチ感がなく、平坦。
それでもここは安心できる場なのでしょう。
ありがたいことに
”歌ってみて”というと
嫌がらずに素直に歌ってくれるので、先を模索することができます。

ふた月ほど前から彼と相談しそのピッチ感を育てて、
音程が取れるようにドローイングをレッスンに取り入れてみようか、という話になりました。
本人も乗り気。
レッスンのたびに音高のスケッチを5分ほどずつ続けています。
上の写真は細かに音を取っていますが、最初はもっと粗い音程を取るところからはじめました。
どのような音程からはじめるか、は、受ける人の様子を見ながら目安を立てます。
彼の場合、幅が大きい方が捉えやすいタイプだったからですが、
段々と細かいピッチを認識していっている過程を経て、
これが納得して描けるようになっていきました。

音の高低の内的聴感にふれていく

最初は、ドレミの線上には歌っている音は並んでいませんでした。
不思議なことに感じたように、描かれるもの、のようで、
描いているものを観察することで、次にどんなアプローチはできるかな、
ということも捉えることができます。

そして、音程が取れない原因として、彼の場合、一音の幅が大きい。
それも、何かきちんと取ろうとすると幅が大枠になっていくように思えます。

何回かやりながら方眼紙を使って毎回少しやることをかえながら、
私と彼との共同作業でなにかを発見していく過程は、
設計図を作っていくようで楽ではありませんが、なかなか冒険的で楽しい作業です。
彼にとっては、なにかを操縦してコントロールしていくような、面白さもあるのかも。

彼は、少し発達障害があります。
それはここでは素直さ故にプラスに働くことになっていったようです。
嫌がったり恥ずかしがったりしないので、こちらもとにかくこまめに体感の差異を伝えてあっていく。
最初はどこをとっかかりにすればよいのかわからないくらいだったのですが、
少しイメージがついてきて、

●ドーソード でドに帰ってきた時の着地が上手くいかない、とか、

●半音の幅がひろい、

とかそういうのが自分でわかって、共有できるようになってきました。
わかったときには、ああ、と納得の様子。

それで、半音のスケール(クロマチックスケール)もやってみて、半音世界に親しんでもらうことに。
半音を丁寧にさらってから、音階を歌ったとき、初めて全部正しい音階で歌うことができました。
今回は多分一時的なものではあるけれども、
自分はできるんだという気持ちにつながってくれたらいいなあと思います。

音程が取れてくると、ピアノへの向き合い方も変わる

そして、さらに、ここ2回ほどのレッスンで、ピアノの演奏の方にその影響があらわれ始めました。
間違いそうになった時にテンポを落として次を模索するという動作がはいるようになったのです。
音程の感覚かつかめてきて、心のなかに音の高さが浮かび始めているようです。
これからが楽しみ。

音高が取れないからといって何も感じていないのではない、ということを教えてくれたのは、彼でした。
音痴が治る、ということが大事なんじゃなくて、内的に感じている音楽へのリアリティが今より湧いてきて、仲良くなっていく、ということが何よりなんじゃないかな、と思います。

かれはハーモニーになったとき実感としてリアルに感じることができます。
私の教室ではかなりしっかり 和声をするので、その成果もあり、カデンツなどはどんなに♯や♭がたくさんついた調でも割と簡単にカデンツを見つけることができます。
そしてテンションコードが好き。

それは、教室の取り組みということではない、本来の彼のナイーブさにもつながっていると思いました。
ほんとに人の聴覚って面白いなあと思います。

いわゆる音痴(身体感覚と体内の音程感感覚の不和)を直していくプロセスで、歌ってみる、ということは不可欠になります。
単に身体的に出来るようになる、ということだけではなくて、うんと音楽をリアルに感じられるようになるというメリットがあり、それが歌だけでなくピアノの演奏にも影響してくるとなれば、これはチャレンジしてみる甲斐があるというもの。

LDHDのお子さんには私はこの方法はやり方に内容が入っていけば、とても効果があると思っています。
そういう子たちはとても素直ですし、他にない実感が伴うので、喜んでいつでも付き合ってくれます。
発達障害の方にも、やってみていただきたいワークです。


この記事は、3年前の 教室でのドローイングの様子を書いたもので、少し読みやすく手を入れました。
彼は、小学校の時、一度音楽以外のものに興味をもち一度離れて行ったのですが、中学校になり、思春期になると、音楽の良さがわかってきたのでしょう。また通い始め、コード弾きながらメロディを弾く練習をしていました。その頃流行っていたアンジェラ・アキの「十五の君への手紙」が弾けたときの嬉しさは、こちらにも伝わってきて、ぐっと迫るものがあったのを思い出します。
高校になると通えなくなるのがわかっていたので、それまでに、音程の問題に自信を持ってほしいと思い、始めたドローイングでしたが、やってみてよかったと思います。
音程が取れるようになる方法として、原因が内的聴感の不発達やミスロードである場合とくに、これは有効だと今では自信を持って言えます。