昨日は愛媛の定期講座の日でした。
東京のおさらいもしておきたいのだけれども、それはもう少し時間がゆっくり取れるときにするとして、今日は愛媛のほうの講座のおさらい。

愛媛の定期講座は60台の受講者さんが多く、そしてこれまでほとんど楽譜を読むことがなかった方たち。
そしてバリバリ働き盛りの音楽教室の先生という取り合わせ。今日は先生はおやすみ。来週また一緒にできるかな。
でも、今回は、ゆっくりペースの方たちを中心にさせていただきました。

ふくらむ、縮むという体験を育てる

いつものふくらむ・縮むの動線を。
アルシスとテーシス、という古い概念は、私はすべての音楽に言えることだと思っています。
そして、それは、状態、ということにとどまらず、”体験”として、内的に起きてくるまで、丁寧に「感じる」ことをそだてていきます。こういったワークをしつこく繰り返すのですが、ほんとうにそこから得られる体験って様々なバリエーションがあって、発見があって、おもしろい。
これをやることは、今まで伝わりづらかった曲線やループの意味や体験、音楽的要素のなかの実感が、このシンプルなワークが深まるに連れて、その伝わり方が変わってきているのを感じます。これは東京での講座でも感じること。
ふくらむ・縮むについてはnoteにも書いています。
noteの記事はこちら ちぢむとひろがる

以前の記事ブルグミュラー作曲「コンソレーション」でやっているのはその次段階の動線

メロディを再び自分のなかに生み出す。

ということで、
伸縮の感覚を確かめながらいくつかのワークをしたあと、
スコットランド民謡のアニーローリーを歌と笛で演奏できるように、
というところまでやってみることにしました。

久しぶりの方眼紙です。

しんどい、とか、無理!!!とか、数年前、最初に取り組んだときにはブーイングのあらしでしたが・・・(^^)
その度、私も、なんで難しいのか、紐解きながら、いろいろ模索させてもらって、本当にありがたい。
そして、ここまで、理解がすすんでいたのね!という驚き。

それぞれの模索のプロセスがほんとにすごい。
やっているあいだ、みなさん、自分の中でなっている音を確かめながら方向性をつけていくので、
かなりの集中力がひつようなのかも。途中で
集中切れたー
という声にみんなで爆笑。

そしてアウトプット

それぞれに、笛の演奏もやってみることに。

そして、それぞれの納得の様子。

楽譜を見て吹くのと、ドローイングを見て吹くのは本人の体験も違う、ということでしたが、
聞いていてもう全然違う演奏でした。
楽譜を見ると迷うものも、ドローイングしたものはよくわかるのだそう。

ああ、そういえば、楽譜をお渡ししたときに、自然にみんなで口ずさんでいて、
それは実は相当な変化なんじゃないかと思いました。

音楽するのにおそすぎることなんてない

どんな受講者さんからも、教えられることのほうが大きいんじゃないかと
私はいつも思うのですが、
この60歳代の皆さんから教えていただいてることは、
音楽するのにいくつになっても諦めなくっていい、ってこと。

むしろ、年をとることで、物事を気長に受け止められる、とか、
あまり期待しないで続けられる、とか、言うこともあるのかもしれません。

最初は歌うこともためらっていたし、表情は硬かったし、
人と合わせることで、抵抗や痛みもあったはず。
立ちすくんでしまいそうになるそこを、どうやって超えてこられたんだろう。
明らかに、手のひらで転がされ、成長させていただいてきたのは私のほうだったな。
ああ、誰がっていうことじゃなくて、な。そうだ。

来月はまたみんなそろうかな、楽しみ。