「25の練習曲」をあそぶ。

(Burgmüller 25Leiche Etüden op100)
ブルグミュラーの「25の練習曲」を楽曲として楽しみながら、
もう一度学び直してみたいと思います。
この曲集を知らない人にもご紹介したい。かわいい曲集ですよー。
私も初めて出会うように、演奏できたらいいなあ。
一曲ずつめでながら、演奏も自分なりにその時の気分のものをアップしながら、記事にしていきたいなあ、と、どこまでできるかわかりませんが・・やってみたいと思います。

ブルグミュラーはロマン派全盛の頃の、ドイツ(フランスにも住んでいた)作曲家というよりもピアノ教師として名前を残した人なのだそうです。そのブルグミュラーの一番有名な組曲が「25の練習曲集」op100です。

このテキストは私の教室でも長年使っている楽曲集です。
若い頃は、ブルグミュラーというのは人名というよりも、もう、一つの通過点とか、グレードのように思っていました。
でも、彼も一人の人間だったはず。
だから、楽曲を通して、ヨハン・フリードリッヒ・フランツ・ブルグミュラーという(長いな)、ロマン派に生きた一人の人間の脈にも触れられたら、と思っています。私達はあまりにも彼を知らないまま、この曲集と一つのステップにしてしまっているような気がするのです。

練習曲としての価値も大切にしつつ、西洋音楽という歴史の流れの中でのロマン派の味わいも感じつつ、ブルグミュラーさんと遊んでみたい。

楽曲分析・アナリーゼといっても、もっと噛み砕いたかんじでお伝えできたらよいなあとおもいます。

ロマン派の時代の気分と、思春期まえの子どもの気分

”25の練習曲集op100”は、タイトルからもう「練習曲」となっていますが、おそらくその意図としては、メカニックの上達だけの練習ではないです。それはタイトルと楽曲の雰囲気の醸すものが、そう伝えてきてると思います。

だからこそ、この曲集は成長のプロセス、子どもから思春期にかけての練習曲として、とても有効だと思うのです。

それは、西洋音楽が歴史の中で、形式のなかに、感情や情景描写というフェーズを息づかせていった、丁度その絶頂期がロマン派であったと思うのですが、それは、子どもにとっては、多感な時期に差し掛かる時期と重ね合わせることもできるでしょう。

悲しみ、とは?
嬉しいってどんな気持ち?
別れは?
風はどんなふうに吹いてきて、馬はどんなふうに歩くの?
同じ鳥の、ツバメとセキレイは何が違う?

子どもたちは想像を膨らませ、音と音の間に投影し、
感情を膨らませていく、それは自分の妄想ではなく、感情や自然の中にある共有できる場所へ、膨らませていく・・まさにそういう事を必要としている時期。

また、ピアノを習い始めた大人にとっても、無理をしない、でも、表現をすっ飛ばさないでその情緒的な味わいも育てていけるよい教材だと思います。

だから、この楽曲をテクニックの練習曲と割り切ってやるのはとっても、もったいない。

レッスンの中では時間を割いて、この楽曲群を通して、子どもたちとたくさんの言葉にならないもののやり取りをします。
それが私はレッスンのなかでも特に楽しい場面として出会ってきたような気がします。

そこに、どうやって触れていくか、それはこの試みの一つの柱になっていきます。

そう、もちろん、utena drawingもツールとして使いながら。

楽曲の構成を紐解く

また、このブルグミュラーの”25の練習曲集op100”は、西洋音楽の一番シンプルな進行の構成 「Ⅰ Ⅳ Ⅴ 」(主要三和音・スリーコード)を体感で捉えた次の段階として、そのスリーコードでは言い足りない、ほんのすこしの 動きのある和声や、転調、前奏があったり、転回があったりといったメロディに付加された構成などが添えられていて、主要三和音を軸としながらも、そこから自由に心情や情景描写にシフトしていくプロセスが丁寧に組曲として重ねられています。


もちろん、生徒にそんなことをくどくど説明する必要なんてありません。

でも、だからこそ、その音楽の美しさを共有していくにはどうしたらいいのか、考えたいと思うのです。


また、わらべうたなどのシンプルな 言葉に合わせた2音・3音の連なりが、トニックとドミナントという機能によって 文章化され、音楽だけで意味をなすようになり、メロディが生まれ、ハーモニーが生まれ、そこに対旋律やさらなる展開によって、西洋音楽は精巧な時間の建造物となっていくのですが、この楽曲群を、そのプロセスの途上、と、捉えてみると、どうでしょう。


つまり、ここから、どこへ向かうのか、その可能性を音楽から、そして、個人の体験から引き出してきて、次の可能性へとつなげるのにはどうしたらよいか。そして、それがまだ萌芽の段階だからこそ、その育成のプロセスを味わうことができたりしないだろうか、という期待もあります。

理屈によって、頭だけで捉えるのではなく、実感を大事にして。
理屈ももとは実感や体験だったはずです。
そのためにここ、utena.m.fで生まれた u.drawing(音楽を描く)というツールも使ってみます。

このとっても愛らしい楽曲集を紐解いていくことは、utena drawing ツールにとっても、その可能性を確かめ引き出してくる、かなり面白い実験になるんじゃないだろうか、と思っています。


だから、とにかく25曲全部、まあ羅列になるだけかもしれないけれど、やってみよう、と思います。

テクニックに対する考え方

ブルグミュラーの”25の練習曲は、小さい手で細かに動く、いろんなテクニックが使われています。
そして、なんだかんだ言ってもやっぱりテクニックは大事だし、そこに至るメカニズムの理解も必要です。
が、まずは、なんのためのテクニックか、それが先決で、動きを確かめるうち、楽曲の理解を深めるうちにメカニックの問題も、そこから紐解いて、「どうしたいか」「どんなふうに聞こえてきたらその目的にかなうか」という前提をうんと深めていく、そのプロセスの中で、捉えていくべきなんだと思います。

これはこの曲集に限ったことではありませんが、演奏技術を育てる初歩の段階で、そうした視点をもって演奏に臨むことが、きっと、長く飽きない、いつまでも楽しい模索としてテクニックの練習ができるようになると思っています。

紐解く順番と方法

やっていく順番は、必要に応じて。
教室や、講座で使ったときの生きたイメージを大事にしたいので、順不同で思いつくままにやってみたいと思います。

ブルグミュラー自身は、楽曲の順番を、まだ音楽を習い始めた生徒のことを考えて、理論的にもテクニック的にも順番を大事に組み立てているとおもいます。レッスンに使うときには、その順番のことも大事とは思うけれども、私にとって何より、リアリティというのが大事なので、とにかく私の側のリアリティに従ってみようとおもいます。

そして、ここでは、あまりいっぺんに何か全体像を導き出すというようなことは避けておきたいと思っています。

音楽は様々なフェーズ(相)によって成り立っています。そして、それをドローイングを駆使して(発展プログラムでやるように)いろんなフェーズにアプローチしていく、ということもここではしません。
その楽曲楽曲のエッセンス的な味わいを共有できたら良いなあと思います。


できれば直感的に、あまり悩みすぎず。


この曲集は、生活に寄り添うような、そう、日常的な雰囲気があって、等身大で、ささやかな美しさがあります。ですから、あまり大仰にならないように、と配慮もしながら。そして、緻密に演奏の方法を炙りだすのではなく(別の場面では、そういうこともしますが・・・)応用も効くような、そんな動線を求めて行きたいと思います。

25のキャラクターピース

ここに楽曲名を上げておきます。記事ができたら、リンクを貼ることにします。
それぞれの楽曲にはそのときどきの私の演奏もアップする予定です。
私自身あんまり気負わないで、あそびの延長で・・・

1,すなおな心
2,アラベスク
3,パストラル(牧歌)
4,小さな集い
5,無邪気
6,進歩
7,清らかな流れ
8,優しく美しく
9,狩り
10,やさしい花
11,せきれい
12,別れ
13,コンソレーション(なぐさめ)
14,シュタイヤー舞曲(アルプス地方の踊り)
15,バラード
16,ちょっとした悲しみ
17,おしゃべりさん
18,気がかり
19,アヴェ・マリア
20,タランテラ
21,天使の合唱
22,バルカローレ(舟歌)
23,再会
24,つばめ
25,乗馬

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