Johann Pachelbel作曲 sarabande

メロディから全体性へ

  • メロディの骨格化
  • 音高のドローイング
  • メロディとメロディの響き合い
  • 両開きになっているリズム
  • そして全体性へ

メロディの骨格化

楽曲を理解するときに、”骨格化”という作業をしてみる。
骨格化、というのを説明しないといけないかな・・

一つのメロディは一列に音が連なっている。
普段の音楽の聞き方というのは、時間にそって一音ずつ進行していくのに耳も理解する脳もついっていってる。
けれど、メロディの中の音には、それぞれ役目があって、それを聞き分けられるようになると、様々な陰影や意味の強さ弱さのグラデーションがかんじられるようになってくる。

骨格的な役割を担っている音は、和音構成に合致した音で、拍節の頭一拍目にあったり、オスティナートリズムの同じ場所に現れたりする。メロディの梁のようなもので、全体を大まかに誘導する。

メロディの中には、骨格の他に、肉付けになっていく音、次のハーモニーを予感させる先駆的な音や、その曲のキャラクターになっていく音、飾りの音などがある。ときに、曲を大きく方向転換する強い音も出てくる。

これを、utena drawingを使って、動きとして体感したり、俯瞰して眺めたりする。
(utena drawingについてはこちら

これは、パッヘルベルのサラバンドの後半部分。オレンジの線が、骨格。
これを見極めて、音構図に描き込むことで、全体のおおよその流れを予測することができる。

このメロディの場合、基本的なメロディのパタンで、低い音から始まり高く盛り上がって、また低い音へ終焉していくのが、分かる。このメロディが特徴的なのは、骨格の音よりも、肉付けされた音のほうがかなり上になっていること。これは骨格が全体を支配的に統制しているのではなく、音を乗せるお盆くらいの役割なのだと感じた。作曲家によって、楽曲によって骨格の活かし方の特徴があり、そういうのが見えてくると面白い。

メロディの骨格化、パッヘルベルのサラバンド

これは、前半部分、音高図はなく、フリーハンドで予測をつけている。

メロディのドローイング

下のutena drawingは、ピアノを演奏される受講者さんと対話しながら、受講者さんの隣で描いたもの。

細やかな立体構造になっているこの曲の立ち上がりをどうするか、で停滞する。停滞する、ということも悪いことではなくて、まだなにか、すっきりしない、そこの流れていかない何かを模索していくことのプロセスで必要な停滞なのだと思う。答えはすぐ出てこなくてもいいし。そして、それはどのように感じて、感じたものがどのように演奏に反映するか、ということにつながってくるし、そうやっていろんなものを手繰り寄せながら、いろいろ感じようとすることは、他の曲に取り組むときのベースにもなっていくから、大事なのだ。

そして、なにか停滞しているものの答えは、すぐ近くの音とは限らない、だから、骨格をとってみたり、フレーズを切らずに描いてみたりする。当然、前の記事に書いたような、リズムの構成も関わってくるけれども、ここでは、まずは音の上がり下がりに注目して進めていく、進めていく中でやっぱりリズムが絡んでこないと、全体性が見えないから、だんだんにそれを組み込んでいくことになる。

個人レッスンで描いたとき、ふいに反転していく線になった。黄色い骨格線は左から右へ放物線を描いているのだけれども、このフレーズの最後の2小節でループではなく壁にぶつかるようにして鋭角をつけて反転し、右へ落ちていきたい衝動。これはなんだろう・・・と思いつつ、とりあえず基本に則ってこのときは終了した。

でも、あの反転の意味が気になり、帰ってからも何度か描いた。

メロディとメロディの響き合い

反転をとりいれてしまうとどんな感じになるのだろう、ということと同時に、前半のメロディと後半のメロディの呼応も射程に入ってきている。主音のfisにたいして第3音めのAから入るこのメロディは前半おなじAで終わるけれども、これは平行調のA durの響き。Fisの主音はまだ先へ引き伸ばされている、物語はまだ途中、ということ。先が気になる。そして先のお話は、前半を引き継ぐ形ではじまる。 しかも明るいAを曇らせるGisの響きから。気になるではないか・・続けて描いてみたくなる。

そうすると、前半の広がりに対して、後半が内包されていく形、あるいは、真ん中に沈んていく形が現れてきた。でもこれは反転する、ということがあるから。
このときまだ、どうして反転するのかはわからないまま、なんとなく、で描いている。前半で1回、後半では2回反転、これはなに?

両開きの扉になっているリズム。

ドローイングしたり、実際に演奏したり、楽譜を眺めたり、を繰り返す。
ふと、小泉文夫の「音楽の根源にあるもの」という本に書かれてあった「音楽が観音開き」というパターンを思い出した。

これは、たしか わらべうたの

「ひーらいた ひーらいたー」という歌で説明してあったな。

最初のひーらいた、は最初のひのおとが伸びる、これにつづいて 次のひーらいたーは最後のタ~がのびる。つまりひらいて閉じて閉じて開く。フレーズの真ん中が詰まっていて両サイドは伸びている、これを観音開き、と、小泉文夫は捉えている。
この観音開きは日本のわらべうたの特徴だと小泉文夫は書いていたけれども、もしかしたら古い西洋の音楽にも紛れ込んでいるかもしれない。そういうことはよくある。

改めてパッヘルベルのサラバンドを見直してみる。
メロディになっている右リズムの基本的なパターンはこれ。

そして、反転する部分

サラバンド・観音開きのリズムパターン


付点四分音符と8分音符の組み合わせ、これはリズムの一つのパターンでターンタと読んでいるもの。これが6小節目と7小節目を境にして両脇になっている。これが反転の原因だった!
見ると、後半はこの反転が多い。
オスティナート的に組み込まれている、ターンタタタ、という冒頭のリズムに対して、イレギュラーな動きになっているのがこのパターンで、オスティナートを崩しながら、終わりに向かっていく。

そのほろほろ崩れていく美しさ。

そして全体性へ

サラバンドのメロディの楽曲分析と全体性への模索

最終的に描かれたパッヘルベルのサラバンド。ここには、繰り返しも描かれている。
いつも書いているように、描く事自体が目的ではない。でもこうやって描いてるうちにいい曲は必ず、独特の美しさにたどり着く。自分の中で腑に落ちると達成感もある。
ここまで来てやっと、冒頭の一回沈んで浮き上がるときのモーションやエネルギー配分が見えてくきた。


最終的に描かれたここには、音高だけではなく、メロディのリズム、フレージング、伴奏の影響、ごく微細なアゴーギクやデュナーミク、アーティキュレーションも含まれる。

実際に描いているときには、場所場所によって微細に圧や速度変化がある。

これは私が感じたこと、に過ぎないのだけれども、ここにはこの曲の持っているものと私の対話が現れているし、そこにパへルベルが込めたものや音楽が普遍的に持っているものも含まれている、と思うのだ。
そして、じっくりと音楽に向き合った達成感と、演奏するときの聴覚の広がり、満足感が格段に変わってくる。
分かる、ということより大切なのは、自分の中でなにかが変化していく、ということ。

それは是非講座に来て実際に体験してみていただきたい。
見る、ということと、実際に描いて実感していくことのあいだには大きな隔たりがあり、自分で体験してこそ音楽との一体感もあるのだから。


パッヘルベル作曲サラバンドのリズム構造へのアプローチについて
下の記事にまとめています。