秋の日

前日の雨のあとで空気は澄み切っていて、風も心地よく、朝の気配が満ちて、あの風景というか 世界というか、繊細でダイナミックな・・なにがあったわけもないけれど、こんな日。

私は時々とっても運がいい。
いや、でもどうなんだろう。
道々に自動車はそれなりに走っていて、みんな目的地を目指して走っていた。だからみんな出会っているはずなんだ。本当はこんな奇跡はいつも起こっているのに、そう、普段の自分だったら他の運転手と同じように気が付かず、先を急いでいるのかもしれない。

ふっと、何かにリンクする。

ときどきあるんだ、誰かと共有したい。

始まりはその前の日から。スマホで撮れるくらいはっきりと見えたオリオン座。満月でもないのに月明かりが昼間のように輝いていて、雲もはっきり見えた。

次の日の朝、実家の紅葉はほとんど前の日の雨で落ちていて。

でも、良い天気、朝のうちに家をでて、内子のからりのレストランまで。

スライドで。

感覚をそだてる
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景色に圧倒されながら、落ちている小さなどんぐりにどきどきしながら
ずっと考えていた、
楽器で奏でる音楽は きっと音楽のほんの一部にすぎない、と。
人の奏でる音楽は、きっと何かの模造なんだと。
厳然とこの、目の前に立ち降りている、この美しさは、
音楽でなくてなんだろう、と。
この、私、という人の感情だけでもなく、宇宙という規律と壮大なプログラムだけでもなく、その、質のまるで違う2つが触れ合うところに、単に空気ともいえない、存在のような気配があり、でもそれはけして擬人化されるようなものではなくそして、この、互いが手を伸ばして一つになっていくような、感覚。
身体のあるなし、なんてレベルの話ではない。私は私。世界は世界。
ひとが 美しいと思わなければ、風景はただ空間を埋めるものだ。
私が突き詰めたいのは、この、ここの音楽でなくてなんだろう。
自然と人が交感しあうように、人と人の間で、もしそれが日常の中でできるなら、人の未来になにかを音楽は寄与できるだろう。
楽しみだな。
そう、小鳥に混じって、
小さなピンポン玉くらいの山柿をついばんでみたんだ。
いつまでも舌の上に残っていた、甘く渋い味。

もう一枚。これで最後。

すすきのはら。近くまで行ったら、ふわふわに見えたすすきは背丈まで伸びていて、とても入れなかった。

水面にも写ってる、この木なんだろう?

 

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