音楽、という冒険

音楽を教えていても、音楽がなにか、を言い当てることは困難です。

でも、それを知ろうとしないで、教え続けることへの違和感。
それが、音楽へのみなもとを探り始めたきっかけでした。

音楽ってなんだろう?
という問いに向き合う時、
そこに 人としての体験が深く関わっていることを
忘れてはならない、とここでは考えます。

広い世界の様々な民族によって生み出され、
西洋音楽の枠組みを与えられ、
音楽は人類の歴史の中で脈々と生きていて、
その脈の深さをもって現代の私達とともにあります。
そのルーツは一つではないし、
正解があるわけでもない。

音楽、と一言で言っても、
そのジャンルは数え切れないほどあります。

でも、それでも音楽、というものの、みなもと。
それがあるとしたら、それは、やはり
ひとりのひとのなかの体験だったのではないでしょうか?
実にたくさんの人の体験の集積、それが音楽。

音楽に正解はなくても、
その、共有する音楽の原理があり、
人が体験していくプロセスがあります。

西洋音楽、という枠組みを通し、
表出する音楽をそのように見つめ紐解いていくことで、
もう一度、音楽のみなもとから体験を積み重ねていくこと。

結局それが、音楽を律し、奏でる人にとって、
一番の学習方法ではないか、と、ここでは考えられてきました。

体験として音楽がうまれ、そこから始まって
時間の中に建立される音楽。
創作、作曲、演奏へのプロセスにおいて、
理論も体験の集積として捉えなおす。
見落としがちだけれどもやってみるといくらでも先がある
たまらなく魅力的な冒険です。

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