素朴なメロディラインながら、哀愁の漂う、「我が母の教えたまいし歌」は

ドヴォルザークの「ジプシーの歌」OP55の7曲の組曲の中の4曲目。

ヴァイオリンで演奏されることが多い気がするけれど、もとは歌曲。

ヴァイオリンはクライスラーの編曲による。

世界の民謡・童謡のホームページ 我が母の教えたまいし歌

に日本語の訳があった。

年老いたお母さんが 歌を教えるとき、
時々、涙を流していた。そして同じように、ジプシーの子どもたちに歌を教えるとき
私の褐色の肌にも涙がこぼれ落ちる・・・

・・・

哀愁、と書いたけれども、それだけではない。なにか。

この曲のメロディが 4分の2拍子なのに、前奏伴奏が8分の6拍子という拍節構造の折り重なりがあり、
独特のうねりを生んでいて、それはこの歌のダイナミックで、情熱的で、でも吹っ切れたような孤独感にもつながってるんじゃないかと思う。
これをどうやって、セッションの中で、共有していくか。

IMSLP ペトルッチ楽譜ライブラリーから

 

2拍3連、というか、伴奏3分割に対して、歌が2分割。

シューベルトの歌曲「春の信仰」もおなじような構造だったっけ。でもこの「我が母の教えたまいし歌」のほうがテンポがゆるい分、当然波もゆるく大きく、それを心地よくメロディと伴奏で共有していくのは難しい。

「音楽を描く」方法ではこういうときに、二人一緒に描く。(音楽講座 音楽を描くについてはこちら
それぞれの流れだどんなふうになっているのか、時間の中のどこを共有し、どこをラフにしておくか、それは単に拍節のある1点だけというのではなく、流れ全体の時間的な設計図の共有が必要。

いわゆる2拍3連というのも同じで、2つのリズムを一直線上に並べるのではなく、点を確実に共有しながら、2つの時間の流れを有機的に捉えると、自由な余白が生まれる。セッションでもそうだし、ピアノでの伴奏とメロディを同時に弾くにしても、原理は同じ。そうすると、クレシェンドやディミニュエンドも、共有できる。

今高校生の生徒とこの曲をやっていて、うまくあい始めると、なかなか弾きごたえあります。