佐治晴夫の「からだは星からできている」の冒頭に

宇宙とはなにか、という話が出てくる。

紀元前3世紀の中国の書物「淮南子」によると、
宇は時間のこと、宙は空間のこと、だとか、
それを佐治晴夫氏はそれはそのまま、人間がその宇宙と同じだ、と。
そこから、人間存在と宇宙との結びつきというか、もともとは同じものなんだということを
科学的でありながら詩的に語っていく、のがこの本。

その背景にはつねに「ゆらぎ」があって、ゆらゆらと
均一性、対称性の世界をなでて非対称の世界へといざなっている。

そのゆらぎは、 人と人の間にも寄せて、
寄り添う、という言葉に潜む。

 

それで、佐治晴夫氏に感化されて、
私は、ああ、と思いついた。

おとというのは、それだけで宇宙を感じる。
それは、そこに空間性と時間性がすでに広がっているから、なのかも、と。

でもたった一つの音は不動でそこにある。

ところが、音が2つ並ぶとそこに関係性ができ、非対称性、ゆらぎが

生まれる。

音楽も、そか、確かに、その仲間だ。

そして、ゆらぐ、から、人の心に住み着くんだ。

と。私はおもった。


からだは星からできている
佐治 晴夫
春秋社
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チャリティコンサートの前に 宇和島のこと、吉田のインフォメーションになるかなと思って、パンフレットを探しに愛媛県立図書館に行った。結局パンフレットは会場に持ち込まなかった。関わる人達でいろいろ話をして、写真、というのは過去にしろ現在にしろ、身につまされる。パンフレットを探すプロセスも、それを置かない、と決めたプロセスも、私はどちらもそれでよかったと思う。結局私達にできたのは、ささやかに等身大の音楽をすることや小物を売ることだけだったんだな。

あ、そう、その図書館に行ったついでに、本をちょっと見てみようかと思って、偶然本棚から手にとったのがこの本。

開いたページにはシューベルトの子守唄のことが書いてあった。

ちょうど、コンサートの楽曲の追加として、楽譜が届いたところだったからこれも縁。と思って借りてきた。

佐治晴夫氏は、星への旅にでたボイジャーに積み込む音声に「バッハの平均律クラヴィーア曲集」の1つ目のプレリュードを入れることを提案した人、なのだとか。この本のパッケージのデザインはこのプレリュードの譜面。

歌は地霊も鎮めただろうか。祈りに似た思いが今も残る。

どうか台風が静かに過ぎてくれますように。