モモと共通感覚論と友達のつぶやき

光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのと同じように、人間には時間を感じ取るために心というものがある・・・・Mエンデ「モモ」

子供の頃にやった気がするこの感覚

音楽を描く・・ってどういうことなの?と友達がたずねてくれたので、 スケッチブックを取り出して、やってみることにした。その好奇心が嬉しい。だってそこからしか伝えようがない。

この友達に音楽と描いてもらいながら、自分の感覚に関心を持ってもらうことと、音楽は人なくしてはありえないのだから、その感覚をもって音楽をやっていくのだと言う話などを交えながら、少しだけ、やってもらった。

彼女はとても面白がってくれて、「そう、子供のときはこんなこと、きっとやっていた、そんな気がする。」と最後に仰った。そうか、このメソッドを伝えるのは厄介でいつも苦労をしてはしかもうまくいかないのだけれど、それが伝わればいいんだ、と気がついて、私もうれしくなった。

共通感覚とミヒャエル・エンデの「モモ」

奇しくも同じ日の夜。
最近はいつも中村雄二郎の「共通感覚論」を風呂場に持ち込んで、少しづつ読み続けているのだけれど、この日もなんだかもう湯気でもこもこになりつつあるその本の続きを開いたら、エンデの童話「モモ」は共通感覚のことを書いている、と中村雄二郎が書いている箇所だった。そして、それは雄二郎さんはいま、共通感覚と時間についての思考作業中だ。

共通感覚というのは、一つには、自分の感覚、聴覚や視覚といった特殊感覚と、触覚のような体性感覚、そして運動感覚などが連動しあい、全人的な働きを持つもので、もう一つには、人間が自然や他者といった自分の外の存在との共通母体をもっているために、個人的な感覚でありながら、共有可能な感覚のこと。

彼は、この「モモ」が共通感覚と時間という観点から興味深い、と思う点を3つ挙げている。(「モモー時間どろぼうとぬすまれた時間をとりかえしてくれた女の子の不思議な物語」は、あまりに有名な話なので、説明するまでもないかな・・)

ひとつは 主人公のモモが「聞き上手」だということ。聞き上手ということは、五感のバランスがとれて開かれた統合、それがつまり共通感覚で、カントも他者の立場に自分をおくのは共通感覚を以ってのことだと。

もう一つは子どもと遊びとが、”灰色ずくめの大人の時間泥棒との対立、対比のうちに、生きられる時間を深く結びついて示されている”こと。

そして、3つめがこの冒頭で引用した、時間の国の王である老人のことば、人間には時間というものを感じるために心があると言っていること。

続けて彼は思考する。

私達の生きる時間とは、ただ直線的に過去から現在そして 未来へと均質/水平に流れていくのではなく、重層的なものだ。近代社会の中での唯一の客観的時間とされているその直線的な時間は重層的な生きられる時間のうちの一つの極限概念にすぎない、と。

音楽と時間と人

奇しくも、と書いたのは、

「こどものときはこんなことしてたかも・・」といった友達の言葉に私が気がついたこと、が、まさにそれだった、それがそのまま言葉になって本にかかれていたからだった。

私は速く伝えようとするあまり、つい結論や俯瞰的説明をしようとしてしまう。これまでそうしてきた。けれど、速く、なんて無理なんだな。なぜなら、描いたものの結論や俯瞰的説明をしようとすると、たったひとつの時間的方向からしか伝えられない。

友達は最初、私が描いたのと同じような大きさで、同じように感じて描こうと試みていた。まあ、普通はだいたいそうだ。でも、ちょっとした丸の大きさや螺旋の具合と音楽との関係は人によってちょっとずつ違っていて、そのちょっとで、感じるか感じないか、というのが大きな差になっていく。心地よい、というのは音楽との連動が自分の中にうまれた時。大事なのはその感覚を掴んでいくことの方で、教えられたまんまになぞることじゃあない。

 

そんな自分の感覚を開いていくまでに、オトナは既成の概念から逃れることをやってみる必要がある。子どもはそんなことはたいていしなくっても大丈夫。というか子どももフィルターがあるけれども、だいたいは大人の問題です。灰色の男と、子どもの遊び、だね。

音楽の中にも実はいろんな時間が流れているし、人もそれを同時に生きたり、遅れて味わったり、括ったり、俯瞰したり、先回りしたりしていい。そしてそういうのは彼ら、子どもたちは音楽のようなシステム化こそされていないけれど、存在自体がそんなもんだ。遊びっていうのはそんなもんなんだろうな本来。時間を自由に行き来する。

そして、音楽を描く、というメソッドは、既成の一本筋の時間というのをそこにおいておていて、別の時間軸をたびするようなもの、 だったのだな。

友達の「こどものころやったかも」発言と、「モモ」が生きていた時間と・・改めて、この方法のやっていることを再認識したのだった。

そして今日も共通感覚論Bookは風呂の蓋に載せられ、、湯気に当たって、日に日に膨らんでいくのであった。自分にはまだまだ足りない、モモのもう一つの共通感覚「他者の感覚」に思いを馳せながら・・・

 

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