きなこの死

焦る気持ちがありながらままならず、東京から自宅に戻ったのが、18:30頃。白血病ねこのきなこがまたご飯を食べなくなっている、と、昼ごろ夫からのメールがあり、兎にも角にも、きなこに会いたかった。

家に帰ると、きなこはリビングに長くなって寝そべっていた。隠れたり、うずくまったりしていなかったのでホッとして、きなこ専用ご飯の用意をした。口内炎で硬いものが食べられないきなこには、缶詰のフードをさらにすりこぎで刷って、お湯をかけ、柔らかくしてやることにしている。

カチャカチャとすりこぎと食器の触れる音に、きなこは立ち上がって、いつもの餌場ちかくに立って待っていて、つくってやった餌をぺろりとたいらげて、いつもの洗濯カゴの中に入って、心地よげにまるくなった。

だから、もうもう大丈夫、とおもっていたのだ。

けれど、きなこは、もしかしたら、私に褒めてもらいたくて餌を食べてみせたのだったかもしれない。

翌日にきなこの体調はがたがたにくずれ、病院で打ってもらった点滴ももうきかず、次の朝はやくに息を引き取った。きなこの中で共存していた白血病のウィルスは、私の留守というストレスと帰ってきた安堵の隙間で、確実に増殖していたのだ。

あまりにあっけなく、軀は若いオス猫の毛艶よく、端正な顔もそのまま。
病気をしていたようにも、死んでいるようにも見えなくて、思わず何度も声をかけ、返事のないきなこにすがってないた。

我が家はひと月前に19歳生きたタビちゃんを静かに見送ったばかり。その時の心情とあまりに違う、若くして死なれる辛さ。9月14日享年7歳。

兄貴分のこげたは、私が居ないあいだ、きなこにくっついていたらしい。わたしが帰ってくると、今度は苦しむきなこに、手頃な大きさの家守と蜥蜴をへやに持ち込んできていたらしく、畳のへやからちろちろと走り出てきた。そのこげたは、きなこの軀に鼻を近づけ「これじゃない」と言わんばかりに、首をそむけ、庭に出て、きなこを呼ぶように、あおーあおーとないてまわって、諦めて帰ってきた。

後悔と未練。

ペット霊園の煙突から炉の熱がゆらゆらと立ち上がるのを見上げて、自分がきなこを縛ってしまう感情も一緒に灰になっていくような気がした。

子どもたちには落ちついて事情を説明することができた。
一番になついていた息子はありがとう、と言ってくれた。ほんとにすまん。ちからになれんかった。と伝えた。

娘は、きなこの小さい頃の話や性格のことなんかをたくさんの笑い話にして笑い飛ばしてくれた。もともと、きなこを拾ったあの土砂降りの中、生きてなかったかもしれんやけん、ものはかんがえようよ。と。

いまも、臆病なきなこがどこかにかくれていて、ひょいと出てくるのじゃないかなと思う。いつまで、この感覚が続くのだろうか、いつか忘れるのだろうか。

けさ、廊下にひとつ、トカゲのしっぽが、ころん、と落ちていた。

・・・・んなわけで、滞っていた諸事ですが、気持ちの切り替えして、平常運転にもどそう。

それでいいかな、きなこ。


写真はきなこにおともした、庭の花達。
ルドベキア・タカオ
猫じゃらし
メドウセージ
ニンジンボク
アンジェラ
みえてないけど、キャットニップ。
白のランタナ

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