あるオイリュトミスト

チェコとの国境に近いドイツの小さな街で静かに暮らす1人の日本人オイリュトミストが、二人のお子さんとともに長い旅をして、会いにおいでた。

彼女はもう随分前から私の文章をネットで読んでおられて、いつからかメールでやりとりをするようになっていたのだけれど、一度もあったことはない。ただ、時々頂くメールからその誠実さがにじみ出ていて、私もこの方とならオイリュトミーの話、人智学の話をしてみたいと思っていたので、彼女が日本に帰省するという話を聞いた時、是非、愛媛に立ち寄っていただくようにお誘いしたのだった。彼女は今も、ドロテア・ミーアさんや、アンネマリー・ベッシュリンさんのところで学んでいる。

はるばる空も海も越えてこられるのだし、ということで、宇佐美陽一さんのところで一緒に学んでいた古い友人たちに声をかけ、彼女と共にオイリュトミーをし、私のワーク「音楽を描く」をした。
食事もみんなでした。
私のレッスンも受けていただいた。
オイリュトミーも懇親会の延長だから、気負わないで、という私の申し出に答えて ラフな服装でオイリュトミーをされるその人と私たちは、同じ目線のところで出会い、友人の1人は「初めてあったと思えない」とまるで懐かしい人を見るようにして笑っていた。私もそう思った。彼女は誰もがそう思う感じの人なのかもしれない。

たくさん話をした。
別れる最後の最後まで、一分も惜しいと思うくらいにたくさん。

ドイツの静かな街で オイリュトミーの深いところを求めて学び続けている彼女と対話のできたこと、私の仕事も受け止めて理解を示して頂いたこと、というか純粋に興味を持って一受講者として面白がったり驚いたりされていたこと、不思議な思いがしている。互いにまた会うことを約束して、別れた。

点と点だったそれぞれが生身の人が出会うことで、線としてつながったような思いはきっと、それぞれに感じた思いだったんじゃないかと思う。

彼女のことはまた改めて、きちんと許可をもらってもう少し詳しく説明したいとおもう。ここから何か大切なものが芽吹き始めている気がするから。

私自身はオイリュトミーから離れてもう随分と経つ。だからオイリュトミーに関して、人智学に関して、あまり偉そうなことはいえない。
でも、だからこそ、みえてくるものがあるかもしれないとおもう。
音楽を描く’というワークを成り立たせている立場から言えることもあるかもしれない。
これを機に、私自身とシュタイナーの関わりを見つめなおすのもいいかもしれない。30代後半から40代にかけて、読み漁ったシュタイナーの講義録と、オイリュトミーとの出会いは確かに私自身のワークの原点になっていることには違いないのだから。


用語の説明・・(itotohari的解釈)

オイリュトミーは、1900年初頭、ダルクローズがリトミックを始めたのと同じ時期に、ドイツで生まれた身体造形の方法。音楽オイリュトミーとことばのオイリュトミーがある。音楽オイリュトミーは音楽に振りをつけて踊る舞踏ではなく、「音楽を身体で表出する」とか「音楽を身体を使って空間に刻印する」こともの。ルドルフ・シュタイナーはその創始者で、彼の思想・哲学を人智学(アントロポゾフィー)という。


写真は少し前に早朝撮影した稲。

今はもう、穂が垂れ始めています。

 

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