されど愛しきお妻様 〜発達障害と脳梗塞

講談社、現代ビジネスの連載

されど愛しきお妻様

という記事を見つけたのは、連載の話半ばで、それから最初に戻って ハナを拭き拭き最後まで読んだ。鈴木大介というルポライターの記事で、発達障害の奥さん(お妻様)と暮らす中、本人が脳梗塞で倒れ、そこで、思うようにできない身体を体験し、それがお妻様の本当の体験・気持ちを知ることになる、という実話。

最後まで連載が終わっても感動覚めやらず、ままならない身体や感情をつづった、彼の自分自身へのルポ

「脳が壊れた」と

Amazonで注文する際に、むかしよんでもう一度読み直したいと思っていた

「壊れた脳 生存する知」も注文。

やっと読み終えたところ。

私の興味は2つあった。一つは、当事者ではない、ということと当事者であること。俯瞰・判断・結論と 常に経過中 ・実質の痛みや理解される安堵・実質の手応えそういったこと。

もう一つは「生存する知」のほう。たとえ、壊れたのが手足や臓器ではなく、脳であっても、そこに不備が生じていても、自分を導く自分自身の中の存在。

これは発達障害や脳梗塞を起こした人の話だけれども、不備だらけなのは私も同じだし、そうした障害のない人もやっぱり、思考も身体もなめらかな部分とそうでない部分を持ち合わせている。このワークをするようになって、以前に増してにそういうところに目が行くようになった。

私自身だって、自分は壊れたレコード版みたいだなって思うことがよくある。いつも同じササクレを同じようにささくれながら生活している。グレーゾーンかもしかしたら、発達障害かもしれん。どこかでぷち脳梗塞くらいやってるのかもしれん。

それが直るかどうか、と言うのではなくて、何かもっとそれより大事なことがある気がするんだな。そういう意識状態だからこそ見えるもの、実はそれがもっと先を大きな歩幅で歩く人が、どうしても見落としてしまうような何か。

私が発達障害の子たちをとても魅力的と感じるのは、その人一倍ちいさなまどである感覚世界で人一倍に必死にきこうとし、見ようとし、感じようとしている、そのブレのない、一途さであったりする。そこ、に「存在する知」が確かにいる。一見、きこうとしない、集中力がない、と評価されがちだけれども、それは身体の話で、そのおくにいる本当の個人は何かをみよう、きこうともがいているんだと思う。そうして、お妻様はそれを根気強く理解しようと、脳梗塞にまでなった〈といったら言いすぎかもしれないが、そうなんじゃないかとおもうくらいの思いの強さ)旦那様と互いに救われる・・・いや、脳のありようがうんぬんより、本当はその恋愛ものとしてのインパクトがいい年になって胸キュンで、それで、感化されたんかもしれん。それか、理解するということと愛は実は同一線上のことなのかな。

 

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これ、漫画化もしてるみたいです。

 

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