”沈める寺”と 息子と暮らした音楽の日び

ビュッシーのピアノ曲の「沈める寺」は描写力が素晴らしく、
湖の底深く沈む建造物が揺らめきながらほの明るく輝いているのが
目に浮かぶようだ。

名前が喚起するイメージの力もうまく連動して、
「おとをみる」ことと、「かたちをきく」ことの
共感覚体験を
この曲は引き出してくれる。


・・・・・ダイヤログ・イン・ザ・ダーク・・100%の暗闇の中で時間を過ごした時、私は世界にに広がる「音」が息づいているのを体験した。音とはモノと同じように触れた時の質感のようなものがあって、それがモノに付随してあり、私とも接点がある。地面に足をつけている限り、周りの音と私はどこか仲間のようだった。音はいとおしいもの、世界の存在を思い出させてくるもので、それ自体で生きていた。そして、その中にあって「音楽」というのものが、いかに世界の囁きのなかで特異なものだったか、それに驚いた。それは例えるならば、丁度あの、「沈める寺」の体験のように、沈んでいくものの中から、ほの明るく輝きながら、立体的で、数学的でもあり、有機的でもあるあの、不思議な建造物が立ち上がってくる、それを眺めるような思いがした。

それは単純にイメージの話ではなくて、実際、音楽は音の空間をまとめ広げ、関連のないざわめきの中で、特殊な形をなしたものだと思ったのだ。植物の先にメタモルフォーゼで開いた大輪の花のように。

そして、その音楽、というものが、一人の人の中で生まれ立ち上がり、構造をなし、花になるのを 追体験させてもらった。

その相手は、半年間音楽生活をともにした息子だった。

ソルフェージュをおしえることになったとき、 一つ決めたことがあって、それは、すべての教科がちゃんと整合性をもっていること、音楽、という一つのものを教えているのだというイメージを私が持ち続けることだった。今彼はなにをどこまで学んでいて、何が体験的にわかっていて、なにが捉えられていないか。生きたものとして感じられているか、知識だけ、あるいは気持ちだけが歩調を見出してはいないか。楽典はどの順番で伝えていけば、他のレッスンとの兼ね合いがつくか。毎日さじ加減でそれを感じ、課題を見つけていった。

聴音の課題に4声体があったのはきっと素晴らしく全体の学びをよいものにしてくれていたのではないかと思う。どうもハーモニーは彼にとってふるさとのように馴染んだものであるらしかったから。

そしてもちろんなにより、本科の先生の導きは大きかったとおもう。音楽だけでなく、もっと内面に響くような、そんなレッスンをきっと受けていたに違いないと思う。

そうやって日に日に、少しづつ音楽の構築性が彼の中で明らかになっていくに従って、演奏は明らかに変わっていったのだ。知る、ということは、自分の中に何かを産んでいくことなのだ。それが日に日にかたちをなしていく。それまで彼の中であちこちに散らばっていた音楽のかけらが一つにまとまっていく。それは彼自身が自分を見つける過程であったのかもしれない。

私は私なりに、親としての我とせめぎ合いながらレッスンする中で、音楽というものが 総体でありながら多層であることや、目標設定するのではなく、今ここの体験を一つ一つ重ねていくことの大切さなど、講座のために書いたはずのテキストは私自身の指針になっていた。

入試に向かって飛行機へと向かう前に、ピアノ室から響いてきた彼の演奏。

親としては色々あっただけに 不安でたまらなったが、彼の歌は、その不安が意味のないことだということを教えてくれていたので、気持ちよく送り出すことができた。トスティの「悲しみ」という曲だった。自由曲に彼が選んだ曲だった。

今、思い出して、ああ、あの、あれが音楽だったのか。と。

音楽っていうのはそれ自体が生きている。そうして立ち上がってくる音楽とともに生きる。
それが構築生のあるものであるからこそ、人を立たせてもくれるのだ。どんなシンプルな歌でも。

音楽に生かされてる、と思う時があるけれど、それがなんなのかわかってはいなかった。

それ、を彼は私に教えてくれたように思うのだ。

音楽というのは神秘的なものだから知ってはいけない、とか、知識で捉えた時に何かを失ってしまうのではないか、と思われている場面というのに出会うことがある。何かもっと感情に任せて自由でいたいとか、難しいことを考えては感性を失ってしまう、とか・・誤解を恐れずいうならば、深みを知ろうとするならば、わけいっていくしかないのではないか、ということ。もちろん人それぞれの歩調で。静かに自分の音に耳を澄ませるところから初めて、あの音楽の実質を捉えていく。

その先に立ち上がる 人の中の音楽という寺院を、人はきっとだれの中からもたちあげることができるのだと、私は思っている。


音楽の成り立ちを 自分の体験として積み上げることのできるような音楽指導を試みています。愛媛では、個人レッスンとして。東京では時々テーマをピックアップした講座”実感してすすむ楽典”を開いています(日程は日程表を)。興味のある方はご連絡ください。お問い合わせ


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