違和感を伝える 受け取る・・5月の東京日誌・2017

講座にしても個人レッスンにしても、大体いつも計画していたものや、伝えようと思っていることは不備だらけ。そこに出会う人がいて、生身で受け取る様子を見たり、発せられることばに対して軌道修正していくことで初めて成り立つ このワークです。ゆえに、この講座はいつも経過の途上です。参加する方の、体験を語ってもらうことによって初めて、歩み寄ることができます。

入門講座の前に読んでいただく前文に 違和感というのも大切なものだから、口に出して見てください、と書いているのですが、でも実際にはそれはそんなに簡単ではないかもしれないですね。いや、そりゃそうだ。

そもそもなにが違和感なんだかわからないし、それを言う意味もよくわからないし、言ったところで、それを受け止めてもらえる保証はない。ほんとに私たちはそういうことに不慣れです。発する方も、受け取る方も。不器用ながらやり取りしていくのです。

・・と書いていて、思ったのですが、一般的に 発する側というのは先生で受け取るのは生徒ではないかな・・・もちろん、伝えたいことがあるからこそ、講座ということをやっているのですが、そういう能動受動の逆転もこのフィールドではすごく大事。

 

でも、今すぐできないのはそりゃ当然のことで、何度かやり取りしながらお互い少しづつ理解していけば良いのかもしれない。

研究コースでは、それぞれに自分と向きあって初めて発せられる違和感や問いへの理解の深さをことに感じる今回でした。何がわからないか、がわかるってのはすごいことなんですね。で、わからないことの中には私の伝え方の不備もあれば、本人のこれから深めていくべき大切な鍵もある。このワークを深めるチャンスでもあります。ちゃんとそれをキャッチして、一緒に道を探ることができる私でいたいなーと、思いました。何かがとても静かに伝わっていきます。やっと本当にやりたいと思っていたワークになってきていると思いました。私にとってもインスピレーションの宝庫です。

入門講座は、音楽と別ジャンルの人も何かそれぞれの体験を大切にしつつインスピレーションにつなげていくことができるものがあれば良いなあと思いました。一回だけの出会いもあるでしょうし、これから長いおつきあいになる方もいるかもしれない。実は私にとって入門が深いし難しいです。そしていつも新鮮だし、何と言っても出会いの場。

楽典は 緻密な作画になりました。ここから体験に繋がっていくには少し経験が必要ですね−。もっと簡単に伝える方法はないのかな・・また模索してみるつもり。

懇親会の場では、 コードから学ぶ方法のことや、歌を歌ってみたり、フラメンコのリズムの話や、オイリュトミーの母音と子音のこと、ロックのドラムの打音のことなど、とりとめなく、けれど、どこかへつながっていくことを期待しつつ。こんなフレキシブルな場所が、音楽を描く’の深まりのためにはとっても必要なものだったなとやってみて再認識したのでした。

音楽を描く’というワークは「音楽のプロセスと個人の体験を結ぶ実践的な方法」ということを具体的に模索してこうという背景があります。

これが、実体として動き始めた、そんな 東京ワークでした。
だからこそ、私ももう一度このワークを伝えていく方法をよく吟味しなければ、とも思ったのでした。

報告終わり。

音楽ワークショップ 「音楽を描く]については こちら↓

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