子ツバメが 群れの描く軌道に飛び込むように

音 というものの中になにをきくか

音と音の間に なにが起こっているのか

音楽

他者の声 その声の発する言葉の意味・・・厚みや手触りや輪郭

正しい聴き方があるわけではなく

ただただそこに深みがある

誰も覗かいないのは、キリがないからかもしれない。

結局わからないだけだからかもしれない。

 

それでも、耳を傾ける。

その体感の差異はどこから来るのか、

互いに手を伸ばす。

丁寧にことばを紡ぐ。その紡がれたことばを丁寧に紐解く。


研究コースが終わったあと、カプセルホテルの小さなベットににスケッチブックを広げ、結局いつまでも描き続けた。いくら自分の体感から誰かの体感を憶測しようとしても、壁は突き抜けられないから、講座の中でのやりとりを思い出しながら、ことばを体験に置き換えていく。 方眼紙の平面に人は何を観ているのだろうか、じゃあ私は何を観ているのだろうか?大事なのは、もちろん、なにを描くかではない、そこに体験しているものの方。

いくら自分の体感を伝えても、相手が伝えても、壁は壁のままにあるけれども、観察すること、感じること、情報を曲げずに得ることから、その人の軌跡はおぼろげながら、たどることもできる。大事なのは、壁がどこにあるのか、その壁が何なのか、こちら側に来てもらうにはなにを手渡していけばいいのか。私がそちら側に行くにはなにが足りないのか。きっとそんなに多いものじゃなくて、なにか、凄くシンプルなこと。

子どもは一体いつブランコを漕ぐことを覚えるのか。

軒下のコツバメ達は、朝速く、親鳥達の群れが目の前をぐるぐると旋回するその流れに身を任せるように、初めての羽ばたきをする。

そんな風にしてはじまる新しい体験が待っているような気がする。

研究コース、ますます 面白くなってきた。よく付き合ってくれるな−。ほんとに感心する。

音楽ワークショップ 「音楽を描く]については こちら↓

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