かんじること(音楽を描く’入門講座4月愛媛報告)

庭の小道

先日行った入門講座のことなど。
写真をとるのを忘れたので、文字だけにて。

仕方ないので、下の写真はいま私がいる、
庭先につくった即席書斎。
トップの写真の階段登ったところにおります。


・・・・ただ、いつも思うのは写真でどうなんやろう、ということ。
写真は経過がわからないですからねー。
動画に残したらどうか、ということもあるけれど、
結局描いているその前後のことのほうが中身と言ったほうがいいですからね。
音楽を描く’についてはこちら

さて、4月の入門講座の感想など。

自宅の教室はどこから向かうにしてもあまりに遠く、人数も程よく揃ったことだし、よい場所を見つけることもできたので、松山市内にて講座を行いました。

参加者の方の感想もいつもそうなのですが、90分があっという間だった、ということ。楽しかった−、との声も聞けて、ほっとする一面あり、一方で、今回は色々反省事項も。

私の悪い癖で、予定に アレもこれも、と詰め込みすぎて結局全部はできず、次に持ち越し。次こそ音高をゆっくりとやってみましょう。
まだまだ、私自身のなかに何か結果を残さなければと思ってしまうものがあるんだろうなと。
どうしてもこの楽曲をやるんだ(ピアノも練習したし)、と思ってしまうと、そこで起こっている、一人ひとりの大切な体験を拾いそこねてしまうかもしれないです。

それは、本来、この講座は、それぞれの体験から音楽へと歩み出していく、そういうことにしたいと思っているからです。音楽ってこうよ、みたいな話ではないのですね。

例えば、ただ、円を描く、という時に
いろいろに沸き起こってくる感覚や自分の感情
楽しい、苦しい、なにを見ていて、
なにが見えていないか
(見えていない、ということに気がつく、というのはすごいことです。)
そこにきくという行為がはいるとどうなるのか、
もう、それだけで大変な情報量なのです。
そこには、プライドとかコンプレックスとか・・
無心でできれば良いのですけれど人はなかなかそういうものではないです。
それに、それは豊かさへつながる何かだと思うのですね。
でてきた感情を否定するのではなく、一つの経過として捉えていければいい。
そうやって、流していくことで
きく、という感覚へもつなげていく下地を作っていきます、と。
そういうことを私はちゃんと伝えられたのかな。
毎回思うことだけれど・・・

皆さんは積極的に、それぞれが描いたもの、描いている時間を観察し、
ディスカッションされていました。
ワークの前にちょっとした留意事項をお伝えしているのですが、
それがちゃんと生きて伝わったか、
もともと、なにか良い流れがそこにあったのか。
皆さん素晴らしいなと思いました。
それは今回収穫やったなと思います。

音楽の普遍的な部分と自分をつなげていく、ということは
実際には一回の入門講座で伝えるのはとても無理です。
でもなにか、その人の中に新しい問いや、開けてみたい扉が見えてきたら、嬉しいな、と思います。

例えば、すでにたくさん音楽と関わり、人と関わっておられる方も、ここには何か新しいヒントがあるんではないかと思うのですね。そして、多分、そういう余白をもとめておられる方が、講座の扉を叩くんだろうと。

何を拾って帰るかはその人の大切な体験。

愛媛の次は6/7(水)1:30からになります。場所は未定です。
愛媛では5/16(火)に楽器などを演奏したり、教えたりしている人向けの講座もあります。 詳細はこちら
(2017)

音楽ワークショップ
「音楽を描く]については
こちら↓


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