唱歌 ふるさと

参加者さんと始めた次の曲は、唱歌の「故郷(ふるさと)」

高野辰之作詞・岡野貞一作曲

音楽、という時間軸の横の層と、個人の体験としてそれを編み上げていく縦の線や、全体性に満たしていく体験まで、一曲でやってみよう、という試みとして、この曲を選びました。

今回は音高から。

音域が以外に広いなあ、と思ったら、Aさんも同じことを感じられたようでした。音の上がり下がりと、ことば、文脈とフレーズ。納得、という感じ。

笛で吹いてみた時に、下行するときのラの音がAさんの体感としては、笛の音のラより低いとおもっていた、ということ。

図面上では、音高を横線で引っ張って示してありますが、絶対このとおり、ということではなくて、 あれは、機能を音高からつかむための案内線です。

ピッチの正確さと、柔軟性の問題は、拍子や拍をするときと同じように、常に心に留めておきたいと思っていますから、しばらくは、二人でへー、面白いねー、と話し合いました。ラが実際より低くても、そのあとさらに下行して主音にいくのに軌道が取れればいいかな、と。ただ、もしそこから音程全体が崩れていくなら、それは気がついたところから軌道修正しないと着地できない・・で、どうだったかというと、やっぱり、そこから音程が不安定になっていた、とのことでしたので、聴き方に注意しながら、何度か、練習。違和感はなくなってきたとのことでした。ピッチは安定してきました。

それはそれで、よかったなあとおもったのですが、私としてはなんでラだったんだろう?という面白い問いをもらいました。下降の時にピッチがずれる人は結構多くて、こうやってやってみるとどこからずれて行くのかがわかりますが、そこにもしかして法則性みたいなものがあるのでは?と思ったのです。これは、これからの私の宿題。

で、ワークは進んで、拍〜拍子へ。

二人で、有機的な拍感をいろいろ模索中の、私のスケッチしたもの。

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なんだか、絵柄として可愛い。

風の気質の強いAさんは、一拍目をゆったり動く、というのは、スローモーションを自分でやっているような、みょーな 感覚になる、ねむくなる、と、しきりにおっしゃっていました。これを描いているときは私の方は、楽しくっていつまでもやっていたいと思っていたので、同じことをやっていたって全然違う体験をしているということなんですね。あだ、一拍目ではねすぎると、その後が全部無意識になってしまう、ということが往々にしておこるので、ちょっと注意してね。ということで宿題としてやってきますとのこと。

拍が拍子の中で入れ子になっていて、拍は進んでいき、拍子はくくるちからをもっていて、というような話や、時間と空間が実は切っても切り離せないもの、もしかしたら同じものかもしれない、という話。プロティノスの流出論の話なんかをしながら、ワークは進んでいきました。そうしたら、あ、じゃあこういうこと?と言ってAsさんが描いたのが、上の写真。(私が真似して描いたもの)そして最終的にこの2つを組み合わせたような一本の動線へと変化していっていました。

本当に音楽と体感にフィットするフィギュアには、音楽の一つの層ではなくて、色んな要素が組み込まれています。その、組み込まれていく(組み込んでいく、ではなく、)過程を今回はうまく捉えられたのではないかなと思いました。

この体験の続きに、次回は、リズムや音高をさらに全体性の中に取り込んでいけたらいいなあと思っています。今回のたった1時間のワークが濃かったので、次が楽しみです。


高野辰之作詞・岡野貞一作曲のこの二人の唱歌は日本語の流れがだれの心にも素直に馴染みやすいので、子供のワークにも「紅葉」や「朧月夜」など、その季節になると取り入れています。朧月夜は一度ゆっくり描いてみたい曲。

 

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