グレゴリオ聖歌 Sequence. Victimae Paschali

グレゴリオ聖歌 から

続唱〈過ぎ越しの犠牲〉 11世紀

ドリア旋法は レから

ファ
   全     半        全    全    全     半    全
終止音 支配音

 

という音階になります。

終止音は現代の私達の耳にはどのように響くでしょうか?

過ぎ越しの犠牲 楽譜

わらべうたの 「ほおずきばあさん」や「ほたるこい」の類似と差異など、聴き比べながら、いにしえの音高の感覚を追体験してみたいとおもいます。シンプルさの中に濃い音の動きがあるとおもいます。

西洋の音楽は教会旋法から、長調と短調の2つの音階に整理され現代の私たちに耳慣れたメロディになっていくのですが、それ以前の素朴な体験としての音の高低はどんなものでしょうか?私たち一人一人の遺伝子の中にそれはあるのでしょうか?

私達が普段演奏しなれている、ロマン派の曲にしても、ポップスにしても、「音を言い当てる」という意味の音感だけでは、表現に反映することはできないと思います。音階の中のそれぞれのポジション特有の性格や質感、重量感、あるいは軽やかさ、そういったものを育てていく一つの方法として、「音楽を描く」のワークはその感覚を広げる役目ができると考えています。

 

 

 

 

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